人里離れた、森のなか。
森は、動物と人間の世界のさかい目。
考えごとがあるときは、その境界線を歩きながら、木の実が落ちる音、風が凪ぐ音、落ち葉を踏みしめる自分の足音に耳をすます。
北海道の下川町という、まちの9割が森に囲まれたこの土地に、わたしが足を踏み入れてからずっと問いつづけていることを、反芻しながら。
「“編集”って、なんだろう」。
誰も答えを知らない。教えてくれるひとだって、誰もいない。
でも、だから、おもしろい。
ダイナミックに変化する北海道の大自然に見守られながら、ここで何ができるのか。どう生きるか。
果てしない編集の大宇宙へ飛びこんだ編集者・立花の、ポツリ、ポツリとこぼす、考えごとと、ひとりごと。
***
2018年9月6日。
その日は、とてもよく晴れていて、薄手の長袖でも少し汗ばむくらいだった。
白い朝の陽射しがまぶしくて目を覚ませば、携帯には実家や友人から「大丈夫?」と連絡が来ている。
けれど、寝ぼけ眼のわたしには何が「大丈夫」なのか、さっぱり分からなかった。
町内の友人たちからの連絡もあり、ようやく、AM3時7分に最大震度6弱の北海道胆振東部地震が発生したことを知る。
同時に、北海道全域で停電。
町内での地震の揺れは微弱だったけれど、すべての信号は消え、車は注意深く徐行運転をしており、町内の商店にはすでに行列ができはじめていた。
わたしはお風呂場の浴槽に水をためながら、「さてどうするか」と考えた。
秋が近い北海道の空には、町民に慌てないよう注意を促す放送が鳴り響いている。
──車のガソリンは先日入れたばかりで満タンだったし、電気は通っていないけれどガスと水道は使える。冷凍しておいた少しの野菜なんかを食べることはできそうだ──。
ちょうどその日、民泊のお客様が下川町を目指して北上中だった。
はるばる来てくれるというのに何もおもてなしできないのは不甲斐ない。同時に、こんな緊急事態だからこそできることを探そう。
そう思い、友人何人かと連れ立って、河原へ釣りに行った。行列をなす商店やコンビニを横目に、近くの川を目指して車を走らせた。
結局その日、たくさんの魚は獲れなかったけれど、わたしは人生で初めてヤマメを釣った。
夜になっても電気は戻らなかったため、好きで集めていたキャンドルを部屋中に灯す。
そのあかりの中で「こんなに真っ暗だと、きっと外は星が綺麗だよ」と友人の一人が言った。
それならば、と民泊のお客様と一緒に星を見に真っ暗な町を抜け、人里離れた桟橋へ車を走らせる。
街灯もすべて消え、時たまチラチラと見える明かりは、誰かが使っている懐中電灯か、ろうそく、もしくは駐車場でバーベキューをして過ごしているひとたちが使っている投光器くらい。
星あかりが散らばる空を見上げながら、2011年に起きた東日本大震災と、地震が発生した当時、東京の高田馬場駅で途方にくれたことを、ふと思い出した。
はたから見れば、全道で停電という現象は、異常事態だ。
震源地に近い地域は、水道もガスも停まり、亡くなった方々もいる。
被害の大きさは本当にさまざまで、わたしたちも「被災した」というのは間違いではない。
けれど、まったく心細くなかった。
同時に、真っ暗であっても電気が使えなくても、彼・彼女たちがうろたえずに変わらない日常を淡々とつむいでくれるから、わたしもそれに引っ張られて、穏やかな一夜を過ごすことができたのだと思う。
天気や災害など日々自然がもたらすものは、人間の力ではどうにもできない理不尽なことばかり。
けれど、その理不尽さを耐え忍ぶのではなく流れに身をまかせられるしなやかさは、自然に生活を脅かされ、自然に生かされる環境で生きていく力の一つかもしれない。
生きる。同時に、生かされる。
その両方を行ったり来たりするバランス感覚を、ここで暮らすひとたちは、知っている。
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